「有事法制」法案に反対する会長声明
2002年5月23日
本年4月17日、政府は、衆議院に対し、「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(案)」、「安全保障会議設置法の一部を改正する法律(案)」及び「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律(案)」(以下、併せ「有事法制三法案」という。)を上程した。
しかしながら、これらの法案には次のような重大な問題点が存する。
- いわゆる有事体制として平常の統治体制と異なる体制が執られる「武力攻撃事態」に、「武力攻撃のおそれのある事態」や「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」までもが含まれており、その範囲・概念が極めて曖昧である。
- 内閣により、いったん、「武力攻撃事態」の認定が行われると、陣地構築、軍事物資の確保等のため、一片の「公用令書」の交付だけで、私有財産の収用・使用、軍隊・軍事物資の輸送や戦傷者治療等のための役務の強制処分が可能となる。また、取扱物資の保管命令違反には6か月以下の懲役が科されるとともに、立入検査拒否、妨害等に対しては20万円以下の罰金が科されるなど刑罰による強制も予定されている。
このような手続・措置では、先に記載した「武力攻撃事態」概念が曖昧であることと相まって、憲法が保障する私有財産等基本的人権の制限について、その適否を判断する実体的要件を不要としてしまう危険性がある。また、憲法の定める適正手続きである事前の告知・弁解・防御の機会の保障も確保されていない。
さらに、公務員・民間人に対して行政措置・業務命令・罰則により軍事行動への協力を強制するのは、憲法に定める思想・信条の自由、意に反する苦役を科されない自由、幸福追求権、平和的生存権などの基本的人権を侵害する重大なおそれがある。 - また、有事法制三法案は、自衛隊の憲法適合性、自衛隊の権限・出動範囲の拡大と集団的自衛権行使等、憲法9条に定める平和原則にかかわる重要な諸問題について、議論を尽くさないまま、有事の非常事態を制度化しようとするものである。憲法が定める平和原則への抵触の可能性も高い。
- 内閣の定める「対処基本方針」は、国会の承認を要するとはされているが、国会における修正権限や、承認後に国会が内閣又は内閣総理大臣の権限濫用を抑制する権限・手段が明確にされていない。
- 有事法制三法案では、政府に「武力攻撃事態」の認定権限を与え、内閣総理大臣に対し、武力の行使、情報・経済統制を含む「事態対処措置」という強大な権限を与えている。このことは、行政権は内閣に属するとの憲法の規定に反している可能性がある。また、内閣総理大臣には、地方公共団体に対し対処措置実施の指示をする権限や地方公共団体が行う措置を直接実施する権限も与えられているが、これは地方公共団体の独立・自主性を否定しており、憲法の保障する地方自治に反しているとの疑いが強い。
- 有事法制三法案では、日本放送協会(NHK)などの放送機関を指定公共機関とし、内閣総理大臣に指定公共機関に対する指示・代執行権限を付与している。このため、政府が、放送メディアを統制下に置き、知る権利及び報道の自由など民主主義の基礎となる基本的人権を容易に侵害し得る危険性を有している。
以上のとおり、今時、政府によって上程された有事法制三法案は、極めて深刻かつ重大な問題を有している。
他方、小泉内閣総理大臣が「現在のところ、ご指摘のような、(日本が侵害をうける)事態について、我が国に脅威を与えるような特定の国を想定しているわけではない」(2002年2月8日参議院本会議)と答弁しているとおり、我が国を取り巻く状況は、有事法制三法案を直ちに制定させねばならない程、緊迫しているわけではない。
有事法制については、国民が十分に論議し、その意思が国会に反映された時点で、法案の上程の適否及びその内容が吟味されるべきと考えるところ、政府の今回の有事法制三法案の上程は、この点でも国民を軽視する性急・拙速なものと言わざるを得ない。
よって、当会としては、このたびの有事法制三法案に対しては、強く反対し、かつ、同法案の廃案を求めるものである。
2002年5月23日
島根県弁護士会
会長 岡崎 由美子